愛しくてたまらない。
身体を繋げる事と気持ちとは別のものだと思っていた。
だけど、愛しい人と身体を繋げる度、心も一緒に溶け出して……
今は貴方なしでは生きていけないほど、
心も身体も貴方を……求めている……
―――― 気がつけば神田の気配を探している自分がいた。――――
下弦の宵
街々の家並みとはかけ離れた高さに聳え立つ教団本部は、
其れ故か空に近い場所にある。
黒い壁面に下弦の月が優しく光を落とし、
今宵も一時の安らぎを全ての人にもたらそうとしていた。
ホームに集う人々も例外ではなく、そんな月を眺めながら、
宵の宴を楽しんでいた。
「……なぁ、アレン、お前俺の話、ちゃんと聞いてるさぁ?」
「えっ? ええ、もちろん聞いてますよ!」
「とかなんとか言っちゃって、またユウのこと見てただろ…?」
「はぁ……ユウ……ですかぁ……
どうしてラビは神田のことをファーストネームで呼べるんですか?
神田は僕がファミリーネームで呼んだって険しい眼つきで睨むんですよ?
それって明らかに贔屓でしょ? ずるいとおもわないですか?」
「……何がズルイんよ……?
アレンもユウのことユウって呼べばいいさ?」
「んなことしたら……六幻の餌食ですよ……間違いなく……」
「……アハハッ……」
笑い事じゃないと、ひがみたっぷりの瞳でアレンはラビを睨み付けた。
最近の任務でラビと知り合ってからというもの、事あるごとにラビはアレンの元を訪れている。
ラビは目の前にいるアレンという面白いオモチャを見つけて、
楽しそうに口元をほころばせていた。
「ラビはきっと神田と付き合い長いんですよね?
僕みたいな経験の浅いエクソシストなんて、まだまだ相手にもしてもらえないのかなぁ?
だって、もう軽く半年以上たつのに、
未だに神田に名前で呼んでもらったことないんですから……
僻むなって言われても、落ち込んじゃいますよ……それに……」
「……それに……?」
「絶対にラビと僕では、神田が話すときの態度が明らかにちがいます!」
「……ふぅん……そっかぁ……?」
「そうです!」
ラビは何気に遠くで食事をする神田の姿に目をやる。
二人が互いに相手を気にしているのに、それでもこうして別々の席で食事をすることを
興味津々で眺めていた。
「そういえばさ、ユウがなんで下の名前を呼ばれるの嫌がるか知ってる?」
「し、しらない……」
「……知りたい……?」
「……知りたい……!」
アレンは身を乗り出し、真剣な面持ちでラビの方へ詰め寄った。
「ユウの生まれた『日本』って国はさ、名前を『漢字』っていう言葉で表すらしいんだけどさ……
その漢字ひとつひとつに、全部意味があるんだと……
んで、ユウの名前もきっと漢字で書くと深い意味があるらしいのさ。
ところが英語じゃ、ユウの名前はまんま『YOU』になる。
『YOU』って言うのは、名前も知らない第三者を呼ぶとき使う言葉だろ?
けど、人間にとって名前は特別なもんだ。
自分の名前を知りもしない相手がユウのことをYOUと呼ぶ。
当たり前の事なんだけど、
「……へぇ……なのに、なんでラビはユウって呼ぶの?」
「え?そりゃあモチロン、単なる嫌がらせさぁ……」
「……ハハ……」
ラビはさも楽しそうに笑みを浮かべた。
アレンはその笑みに釣られて渇いた笑いを浮かべたが、心の中は穏やかではなかった。
自分が知らない神田の真実。
それを自分以外の人物が知っている。それだけでアレンの心に波風を立てた。
神田はアレンと二人きりでいても、あまり多くを語らない。
それが何故かはよくわからないが、今まではただ神田の近くにいられるだけでいいと思っていた。
なのに、今は神田のことをもっと独り占めしたい、もっと色んなことを知りたいと思う自分がいた。
「でさ、神田の貴重な情報を提供したお礼にさ……」
ラビは会話の延長戦の表情のまま、アレンの方へとその身を乗り出し、
あっという間にアレンの唇に自分の唇を重ねると「チュっ」と音を立てた。
「……ちょ、ラ、ラビっっ……?!」
不意をつかれたアレンは、顔を真っ赤にし慌てて後図去る。
すると、さっきまでテーブルをへだて遠くにいたはずの神田が、
あっという間に二人の側へやって来たと思うと、アレンの手を引きラビから引き離した。
「……か、かんだ……!」
「……ったく、新入りをからかうんじゃネェ……!
コイツを苛めていいのは俺だけなんだよ……
てめぇも、気ぃ抜いてんじゃねぇ! このバカモヤシが……」
「……って、え?神田……?!」
神田は眉間の皺を今までにないほど深く寄せると、
無言のままアレンの腕を引きその場を離れる。
当のアレンはと言うと、神田の強引さにオロオロしながらも、
小走りで手を引かれるまま、その後姿を追うしかなかった。
「ちょっ、神田……どこ行くんですか?」
アレンの声賭けも無視したまま、神田は自分の部屋へとアレンを誘うと、
そのまま力任せにベッドへと放り出した。
大きな砂時計が部屋に頓挫する殺風景な空間。
まるで余分なものを全て削ぎ落とした生活を好む神田の生き方そのもののような部屋。
なのに、不思議とアレンはその空間が好きだった。
まるで部屋全体が神田のようで、自分を包み込んでくれているように感じるからだ。
ただ無言でアレンを睨みつける神田を目の前にして、
恐らくラビに不意を付かれたことを怒っているのだろうと思う。
だがその前のラビとの会話で、自分が知らない神田の秘密を彼が知っていたことに対して、
アレンは少なからず不満を抱いていた。
そんな自分の不満は二の次で、神田に怒られるいわれはない。
「……僕が悪いんじゃないですからね……
もともとは神田が悪いんです……」
「……はぁ……?何言ってやがる?
お前の無用心が元で、あんな奴にキスされたんじゃねぇか」
「いいえ。もともとは神田が僕に何も自分のことを話してくれないから……
ラビに聞こうとして近くに寄ったから……だから不意を付かれたんです!」
「……まったく、意味わかんねぇな……」
神田は鬱陶しいと言わんばかりに大きな溜息をついた。
瞬間、俯いた拍子にアレンから視線を離す。
すると、自分から視線を外された事に不満を感じたアレンは、一瞬で想いを爆発させた。
勢い良く神田に抱きつくと、有無を言わせぬ速さで、神田の唇に己のそれを合わせたのだ。
「……んっ……」
一瞬目を見開き、驚いた様子の神田ではあったが、目の前のアレンの様子に
次第にその頭を抱き、唇を深く貪りだした。
「……んんっ……ふっ……ん……」
普段は冷淡に引き詰められた薄い唇がアレンの唇を覆う。
ほんの少しだけ開かれた唇の隙間をみつけ、神田の舌がアレンの中に侵入した。
何度も何度も舌を絡め摂られ、飲みきれない唾液が唇の端から漏れ出しては、
静かな部屋の中に淫らな水音を響かせた。
言葉を紡げば互いに反発し合い、すぐに喧嘩になってしまうのに、
唇を重ねあい熱を共有すると、
こんなにも互いを求めているのが理解る。
「カンダ……僕はもっと神田の事が知りたい……
他の誰かが僕の知らない神田を知ってる……そう思うだけで、
いてもたってもいられなくなる……」
「……んなもん、他の誰より今のお前が、俺のこと知ってんじゃねぇか……」
「……ほんとに……?」
「……ああ……だからお前も、俺以外の奴に触れられてんじゃねぇ……!」
「……うん……」
乱暴な物言いなのに、何故かそれが自分を想ってくれている証に思えて、
嬉しさに胸が震える。
アレンは
抱き合う互いの感触は、そこに相手が存在する証で……
それが今の二人にとって、唯一相手の気持ちを確信できる術でもあった。
愛する気持ちを紡ぐには、二人はまだあまりにも幼すぎて。
不器用な手段でしか想いを伝えられない。
言葉より何より大切なもの。
不安な想いを全身で受け止めてくれる優しい瞳とその身体……
そんな二人を、下弦の月だけが優しく見守っていた。
≪あとがき≫
一応既に恋人同士という設定ですが、まだ互いの想いを素直に伝えられない超じれったい二人です;
本当はエッチシーンをバリバリに描きたかったので、この続きは後日裏でUPする予定です♪
ラビの台詞が嘘っぽ〜いと思われた方、ご勘弁くださいませm(_ _ ;)m
けど、ユウって漢字……ホントはどう書くんだろうな???( ̄▽ ̄;)
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